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東京高等裁判所 平成3年(ラ)422号 決定

主文

一  原決定中、主文第2項(原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の(1)及び(3)の債権に関する部分)を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告人の本件執行抗告の趣旨は、「1原決定の主文第2項(債権者のそのほかの申立てを却下する。)を取り消す。2 原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の(1)及び(3)の債権の弁済に充てるため、同目録記載1の抵当権に基づき、原決定添付物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。」旨の裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二  本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人は、平成三年五月二日に原裁判所に対し、原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の債権の弁済に充てるため、同目録記載1の抵当権の記載のある抵当証券を提出し、原決定添付物件目録記載の不動産について抵当権の実行として不動産競売の申立てをなした。右申立てに際して提出された抵当証券には、被担保債権額は金二億円で、弁済期は平成五年一月一五日、ただし、平成二年七月三〇日付金銭消費貸借及び抵当権設定契約第七条の事由が生じたときは期限の利益を失うとの、利息は年八・〇パーセントで年三六五日日割計算との、その支払時期は毎年一月一五日及び七月一五日の年二回で各々六か月分を一括後払い(初回利息は初日参入)との、損害金は年一四・〇パーセントで年三六五日日割計算との各記載がある。抗告人は、不動産競売申立書の中で、債務者が、平成三年一月一五日に支払うべき利息の支払を怠ったため、抵当証券記載の約定に基づき、同日元金二億円の抵当証券債権元本について弁済期が到来したと主張した。

2  原裁判所は、平成三年五月三一日に、原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の(2)の利息債権の弁済に充てるため、同目録記載1の抵当権に基づき、原決定添付物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始したが、同目録2の(1)の元金債権及び(3)の遅延損害金債権については、抵当証券に記載された弁済期が未到来であり、かつ期限の利益の喪失に関し金銭消費貸借及び抵当権設定契約上の失権約款に関する条項を引用するに止まる抵当証券上の記載には抵当証券法二六条但書に定める特約の記載としての効力を認めることはできないとして、弁済期の未到来を理由に、右債権部分に係る申立てについては抵当権の実行の要件を欠くものと判断し、これを却下した。

なお、原決定は、平成三年六月五日に抗告人に送達されたが、抗告人は、これに先立ち同月三日に申立書添付書類として、平成二年七月三〇日付け金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書を原審裁判所に提出した。

三  当裁判所の判断

しかしながら、原決定の右判断のうち、弁済期の未到来を理由に競売の申立てを却下した部分についての判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  抵当権を実行するためには、実体法上は、抵当権と被担保債権が存在し、かつ、被担保債権について弁済期が到来していることが必要である。民事執行法は、担保権の実行としての競売申立ての要件としては、担保権の存在を証する法定文書を提出しなければならないとしているが(同法一八一条)、競売申立時の被担保債権の額や弁済期の到来していることの主張や証明については特別の規定を設けていない。そこで、この趣旨について検討するに、同法一八一条一項一号の担保権の存在を証する確定判決若しくは家事審判法一五条の審判又はこれらと同一の効力を有するものの謄本の場合には、抵当権の存在確認が主目的のため、被担保債権については、その特定に必要な程度の記載はなされても、弁済期の記載がなされるとは限らず、まして失権約款を含む弁済期に関する約定が完全に記載されることは実務上稀であると考えられる。次に、同項二号の担保権の存在を証する公証人が作成した公正証書の謄本の場合にあっては、通常、金銭消費貸借及び抵当権設定契約書と同じ内容が記載されるから、弁済期の到来についても失権約款も含めて全て法定文書に記載がなされていることが多いと考えられるが、この場合においても抵当権の存在の確認を主目的とし、被担保債権についてはその特定に必要な程度の記載がなされるにとどまったり、他の契約書の記載が引用されたり、したがって、失権約款を含む弁済期に関する約定も他の契約書の条項が引用されたりする場合もありえないわけではない。そして、同項三号の担保権の登記のされている登記簿の謄本の場合には、通常の(抵当証券発行特約のない)抵当権の場合には弁済期を記載することができず、さらに、根抵当権の場合には、登記簿謄本によっては残存する被担保債権額すら判明しないのである。以上のように、同法一八一条一項の法定文書においては、強制執行の債務名義と異なり、担保権の存在だけについてその公証又は証明が求められていることから、弁済期の記載があることが必ずしも予定されてはいない。したがって、民事執行法一八一条は、抵当権の存在については、法定文書によってのみ証明することを要求し、他の証拠による証明を許さないが、その他の実体法上の要件の存否は、申立書に記載させるにとどめ、その存在等を法定文書により証明する必要はないものとしていると解される。これは、被担保債権の存在、その弁済期の到来については、本来抵当権実行のために必要な実体法上の要件ではあるが、簡易迅速な競売手続の実現を図るため、債務者、所有者の側からの執行異議等の申立てを待って審理判断するのを相当とし、競売手続開始の段階においては、単に抵当権の存在を法定文書だけによって証明させ、かつ、それで足りるとしたものと解される。このことは、逆に、法定文書に弁済期が記載されている場合であっても基本的には異ならないというべきである。もっとも、法定文書に弁済期の記載があり、その記載から被担保債権の弁済期が明らかに未到来であることが認められる場合には、提出された資料から実体法上の要件が具備していないことが明らかであるから原則として競売の申立てを却下することも許されると解すべきである。その場合には、執行裁判所が担保権実行の実体法上の要件である弁済期の到来の有無を実質的に審理したことになるが、簡易迅速な執行手続の実現を害さないものであるので、右のような実質的審理を可とするものというべきである。しかしながら、民事執行法は、弁済期到来の要件については、前記のとおりもともと何らの証明も要求しておらず、被担保債権の存否等の要件と共に執行異議手続で争わせ、その手続においては申立人に申立てにおける主張・立証の補完訂正を許すことを原則としているのであるから、担保権実行の申立てにおいて、法定文書における弁済期の記載自体からは弁済期の未到来が認められる場合であっても、同時に提出された申立書の記載及び申立書に添付されている抵当権設定契約書等の他の客観的資料から、法定文書に記載されていない特約等によって弁済期の到来に関する主張・立証の補完訂正がされている場合には、実体法上の要件が具備していないことが明らかであるとは到底言えないものというべきであり、もはや担保権実行の実体法上の要件の欠決について簡易迅速に実質的審理をすることができる場合とはいい難く、担保権実行の申立てを容認すべきである。

本件においては、法定文書たる登記簿の記載を前提とする抵当証券上には失権約款の具体的記載はなく、他の文書の記載を引用する記載に止まるとはいえ、抗告人は、弁済期の到来を主張し、抵当証券発行の基本となった契約に期限の利益喪失約款があることを窺わせるに足りる記載が存在するのであるから、これをもって、弁済期の未到来は明らかであるとはいえない。そうすると、原裁判所としては、民事執行法一八一条の法意の原則にもどり競売開始決定をすべきであるが、仮に、期限の利益喪失による弁済期の到来について強いて疑問があるならば、抗告人にその点について簡易迅速な方法による立証の補充を促すべきであって、右の立証の補充を促すことなく、弁済期の未到来が明らかであるとすることはできないというべきである。

2  原決定は、抵当証券法二六条は同法一四条と表裏の関係をなすものであり、同法は、抵当証券の有価証券性を規定するだけではなく、原因契約上の抵当権とは切り離され、抽象化されて権利を創設することを定め、こうして創設された権利の内容はすべて抵当証券上に表章(化体)された記載文書により一義的に定められるのであって、原因契約上の抵当権(及び被担保債権)とは完全に切り離されるものであることを定めるものと解し、したがって、このような有価証券法理のもとでは、抵当権設定契約の原始当事者間でも証券の文言に反する主張はできず、証券以外の文書の内容により証券上の権利を債権者に有利に変更することはできず、他の契約文書を引用する形式の期限の利益喪失約款条項の記載は、抵当証券法二六条但書の記載とみなし得ないから、記載なきものと解すべきであるとする。

しかしながら、抵当証権法二六条は、特約を抵当証券上に記載しないときはその特約は第三者に対しては効力を生じないか又は特約をもって第三者に対抗できない旨を定めたに止まるものと解すべきであり、それ以上に抵当権に関する権利関係が証券上の記載により全て定まる旨までを規定したものと解するのは相当でない。抵当証券法一条ないし二二条の法意に鑑みれば、抵当証券は、原因債権と切り離され抽象的な金銭債権だけを表章する手形のような無因証券ではなく、抵当権設定者と抵当権者との合意により成立した抵当権を表章するものであり、原因関係が証券に記載されている有因証券であって、証券の作成が抵当権設定契約という法律関係の成立要件となつているものではないから、抵当権の存在及びその効力に関していえば基本的には設権証券ではない。したがって、その権利内容も証券上の形式的記載によってではなく、証券外に存在する実質的な関係によって決定されるのが原則である。ただ、抵当権及び債権の処分の方法、権利実現の方法に関しては、転々流通する証券としての性質上、抵当証券法一四条、一五条、二五条、二六条をはじめとする各条項により、抵当証券の所持が前提として要求されたり、抵当証券の記載文言を信じた善意の第三者の保護がなされているので、抵当証券は、その限度で例外的に設権証券性、文言証券性を有するものにすぎないと解すべきである。とりわけ善意の第三者でもない原始抵当権者と抵当権設定者との間においてまで証券の文言性を貫かなければならない合理的理由はないというべきである。したがって、同法一四条及び二六条の規定から直ちに抵当証券の全ての効力について無因証券性や設権証券性を導き出そうとする原決定の論理には抵当証券法の解釈として無理があり、設権証券の概念を正解していないきらいもある。

3  民事執行法一八一条二項は、抵当証券の所持人が競売申立てをする場合には抵当証券を提出しなければならない旨を規定しているが、これは抵当証券が発行されている場合には抵当権及び被担保債権の処分は抵当証券をもってするのでなければこれをすることができないと規定されていること(抵当証券法一四条)に対応して、抵当権を行使する方法として抵当証券を右競売申立てと同時に提出させることにより、権利の行使者と証券の所持者とが一致していることを明確にすることによって競売手続を安定させることを図ったものにすぎない。手続規定である右一八一条二項が、抵当証券の本質を規定したものと解することはできないのはいうまでもない。

4  以上によれば、原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の(1)の元金債権及び(3)の遅延損害金債権については、抵当証券上の記載から直ちに弁済期の未到来が明らかであるということはできないから、そのまま競売を開始するか又は法定文書以外の文書による弁済期の到来の証明の補完をさせて、競売手続が開始されるべきものである。

そうすると、原決定のうち、抵当証券上の弁済期の記載が不備であり、かつ、法定文書以外の文書によって弁済期が実体上到来していることを主張・立証することは許されないとして本件競売の申立てを却下した部分については、法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかった違法があるというべきである。

四  よって、原決定中、原決定添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2の(1)の元金債権及び(3)の遅延損害金債権に関する競売申立てを却下した部分を取り消し、右取消しに係る部分についての競売申立てについてなお審理を尽くさせるため、この部分を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 渡邉等 裁判官 富田善範)

別紙 抗告理由書〈省略〉

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